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西麻布に(2) [散歩]





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西麻布に(2)

 

 西麻布の散策をメインに出かけた。
と言ってたものの、すでに愛宕神社へ来た時点で西麻布ではない。
愛宕神社と同じく愛宕山山頂に位置するNHK放送博物館は1925(大正14)年7月にこの地からラジオ本放送が始まり、愛宕山が放送のふるさとと呼ばれているそうだ。
そんな歴史的なところにNHK放送博物館がある。
おいらの記憶では、ラジオが家庭内の放送受信機だった。
ラジオ子ども向け番組のヤン坊ニン坊トン坊や赤胴鈴之助なんかを思い出す。
当たり前だが、映像を伴わないので、しっかりした記憶ではない。
当時のラジオって放送局切り替えはダイヤルスケールを見て、バリコンのダイヤルを回すことが求められるので、小学生低学年のおいらは面倒で、それより外で飛び回っている方がよかったのか、熱狂的はファンではなかったのかも知れない。
小学校の4年生か5年生になった頃、我が家にテレビジョンってものがやって来た。
最初に移った映像は大相撲の中継映像だった。
映像が提供されると記憶も鮮明になってくる。
それに反して、番組名などが怪しくなってくる。
今のように休みなく放送されることはなく、昼から夕方はテレビ放送はなくて、砂嵐状態だ。
それでも見過ぎて、頭がガンガンしてこともあったっけ。
今より集中して見ていたんだろうか。
ってことで懐かしい話題は尽きない。
ここNHK放送博物館にはそんな思い出提供のアイテムが盛りだくさん。
でも、すべて撮影OKでないのが残念。
 

 

  


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デンスケ
当時のラジオの街頭収録で使用されていたというオープンリールテープレコーダー
デンスケっていう名は知っていたけど、実物を見たのは初めてだし、
デンスケがソニー社の登録商標だとは全く知りませんでした。

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右から2番目の芋型マイクはテレビでも見たことあるような。
流石に左2つは見たことないなぁ。

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オープンリール型のソニー社のビデオレコーダー
こういったレコーダーがない以前のテレビ番組はドラマでも
生放送だったって聞くけど、当時見ていたってわかりゃしなかった。

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懐かしい茶の間の中心的存在のテレビジョンセット
どこの家でもこんな感じだったのかも

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一気に近代化
地下鉄を駆って日比谷へ 東京ミッドタウン日比谷
あまりに混雑しているので、早々に退散

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そのタウンから抜け出た広場に佇む
お人形さん(お名前の存じませんで失礼)
普段いなれているゆるキャラとは全然違うなぁ

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続いて、以前高級ブランドの制服で話題となった
銀座の小学校
今日は日曜日で見かけることはできませんでした

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その建物 近代化産業遺産

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西麻布付近に彩りを添えていた
ドクダミ
美しい清楚は白い花、名前 もう少しかわいい名に変えてあげたい

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NHK放送博物館あたりの紫陽花





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コメント 2

mimimomo

おはようございます^^
昔はラジオ中心でしたね~わたくしは外遊びもさることながらよくラジオを聞いていました。
一丁目一番地をよく覚えています。黒柳徹子さんが出ていましたよ^^
テレビが我が家に来たのは小学校5年の時でしたが、我が家は父が独占(><;
by mimimomo (2018-06-17 06:33) 

DANKAI_Gen

mimimomo さま
おはようございます。
ラジオ。確か棚の上にあって、座って天からの音を聞いていた。
真空管だったので、電源入れてからしばらくは音も出なかった。
のんびりしたいい時代だったのかも。
一丁目一番地って記憶にないですね。
当時の人気番組ってプロレスですかね。
by DANKAI_Gen (2018-06-17 10:59) 

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