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千葉城鉄砲隊による火縄銃演武のダイナミックサウンド [観光情報]

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千葉城鉄砲隊による火縄銃演武のダイナミックサウンド

 

 おいらのように耳が遠くなりつつあるような者でも、発砲時の爆発音は身がすくむような大きな音がする。
引き金を引くー>火種となている火縄を挟み込んだ 火挟みがバネによって降りるー>火皿の点火用の黒色火薬が発火ー>銃口からこめた黒色火薬が銃筒内で発火、爆発するー>銃口から黒色火薬とともにこめた鉛の弾を押し出す(当日は空砲なので、玉の代わりに紙を丸めたものを使用)。ってことで、写真としては銃口から火炎が吹き出る画面が欲しいけど、その時に大きな爆発音がするので、慣れないとびっくりして被写体をフレームを外しかねない。
また、問題回避のために便利な連写を設定しても、その瞬間を捉えるとは限らない。
てな「火縄銃演武」が千葉市立郷土博物館の前広場で行われた。
黒色火薬は最近の爆薬に比べて燃焼速度が遅いとの説明があった。
そのため、爆発音は低域周波数をより多く含む。
さらに、いっぺんに燃焼しないとすると発射エネルギーは小さくなり、より多くの火薬が必要になるのかも知れない。
さらにさらに、玉が鉛であるとは言え、当時のものは球体をしているので、玉の破壊力は小さかった。
そのためか、玉の口径を大きくしていくこともあった。
現代の銃の口径は知らないが、火縄銃で恐ろしく大きな口径のものもあった。
この大砲と言っていいような口径の大きな重い火縄銃を右手は引き金に添え、左手で銃を固定し照準を決める。さらに火蓋を切るなどの使命を追っているので、大口径の重い銃ではとても保持できない。
このため、火蓋に紐をつけて構えらがらも火蓋を開けられる工夫をしていたようだ。
これらの火縄銃は新造したものではなく、武器として使用されたであろう当時の銃だという。

爆音に慣れてきた頃に演武が終わった。
 

 

  


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木更津港まつり 花火大会は風が強かった [祭り]

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木更津港まつり 花火大会は風が強かった

 

 グループの有志が前日から場所取りしてくれたということで、お誘いがあってグループには関係ないおいらもお邪魔することができた。
すでに9月半ばになって、花火大会の話は聞かなくなってしまったが、この花火大会は毎年8月15日にみなと祭りとともに開催されるもの。
特に忙しいわけでもないのに、ブログ公開が遅くなってしまった。

JR内房線 木更津駅から港方向へのメインロードは両側には祭り屋隊、中央にはゴミ収集車(帰りのゴミは道すがら各自が収集車に放り込む。これってすごく便利)、それ以外の場所は人でごった返していた。
木更津は以前に釣りをやっていた頃には、何回か渡船で堤防に上がったところ。
が、釣り以外の目的で行ったことがない。

中の島大橋を渡って中の島が打ち上げ場所。(もちろん立ち入り禁止地区)
中の島は木更津港内にある島で島に架かる中の島大橋で結ばれている。
この赤い橋は、高さ約27メートルで日本一高い歩道橋だと聞いたことがある。


駅から人をかき分けながら、観覧場所に到着。
焼けたコンクリートの地面に敷いたブルーシートを通してお尻がポカポカする。

強い海風が吹いて花火の打ち上げとして万全のコンディションとは言えないが、かと言って無風でも良くない。
逆風だったら最悪。
などと言いながらも十分楽しませてもらった。
特にスターマインの光が海面に映り込む絵が幻想的だった。

いい花火大会だ。

花火が終わると、一斉に帰り支度して木更津駅に移動する。電車に乗って帰宅を急ぐ人々で駅前は大変な行列ができていた。

並びながら、良かった花火を反芻しながらゆっくりとホームまで進んで行きましょう。
 

 

  


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タグ:花火
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市原市埋蔵文化財センターへ行ってきた [博物館]

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市原市埋蔵文化財センターへ行ってきた

 

 来年の干支は。 亥年ですか。猪。
中国には、猪がいないのかブタの意味だということを聞いた。
また、ウサギの代わりに猫年があるところもあるようです。
日本には古代から猪がいて、特に縄文時代には、おそらく子沢山やエネルギッシュな運動能力などから神格化されていたようにも思います。
各地で猪形土製品(粘土で成形、焼成した猪形の土偶のようなもの)が出土しています。

加曽利貝塚土器づくり同好会のうちでも猪形土製品をつくっている人が増えてきました。
おいらもいくつか作りましたが、一般的な土器などと比較してより立体的な造形なので、実際のものを見ないと造形が理解できないことが多々あります。

市原市の能満上小貝塚で出土した縄文時代後期の猪形土製品は有名で、これを作ることでチャレンジし、一体作りました。
でも、猪のダイナミックな形が再現できません。

それで実物が展示されているという市原市の埋蔵文化財センターへ行って、実物をこの目に焼き付けてきました。

が、それ以降の台風やら、天候不順などで制作着手できないまま時間が立ってしまい、忘れてしまったかもしれません。
 

 

  


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タグ:加曽利貝塚
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企画展 石神井川流域の縄文文化 [博物館]

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企画展 石神井川流域の縄文文化

 

 おいらは戦後間もない頃に生を受けた。
父の実家の近所の借家で上石神井という場所。
その後大泉学園という地に引っ越した。5歳ぐらいの時だったんだろうか。
それまで従兄弟と上石神井の自然を楽しんだ。
時によっては、ちょっと遠出したせいか、行方不明になって皆を心配させたこともあった。
近所に石神井川があったので、余計に心配をかけたのかもしれない。
大泉学園に越してからは、川の名がかわって白子川になった。
以前記事にしたことがあったかと思うが、その白子川の縄文遺跡が遊び場(調べたら八ケ谷戸遺跡=やつがやと)だった時期が短期ではあったが、土器のかけらや、石器などを畑を掘り返して、ポケットに入れて持ち帰った。
それらを手に包むと、多分それらを作った人とつながるような不思議な感覚を覚えた。
そんな感覚が好きだった。
先の石神井川にそんな遺跡があったかどうかはわからないし、あったとしても5歳の幼子では興味がわかないだろう。
石神井公園駅から近い、石神井公園 ふるさと文化館で、石神井川流域の縄文文化という企画展が開催されるという連絡を受けていって見たくなった。
それで、いつもの3人連れて出かけた。
石神井公園駅で待ち合わせて車を出してくれた友人などと待ち合わせて、早速石神井公園のボート池に隣接しているふるさと館へ。
土器は状態の美しいものは少なかったが、多くが加曽利貝塚の形式の土器が多かった。
加曽利E式土器の形式は関東近郊まで同じ形式の土器が出土している。
移動手段の限られている、そんな時代でも文化交流があったのは、目の前の土器を見ていると感激する。
続いて、三宝寺池。
むかしは清水がコンコンと湧いて、その透き通った池を見るのが好きで、よくきたものだ。
池の透明度は流石にちょっと変わってきたが、周りの景観は、暑い時期には癒される。
とってもよかったよ。付き合ってくれてありがとう。
 

 

  


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