市川考古博物館へ行ってみた

  ことのきっかけは、加曽利貝塚土器づくり同好会にて、おいらとしての2作目として制作(?)した土器(小形鉢形土器)関山Ⅰ式  高谷津遺跡 を見様見真似、無に等しい知識で制作したが、<過去記事はこちらから> 縄文の付け方が「違うんじゃない」とある方からご指摘いただいて、改めて資料の写真をみると、なるほどオリジナルの写真と見比べるとちょっと違う。
違うが、どうすると再現できるかは分かるはずもなく、お手上げ。


オリジナルの土器が市川考古博物館所蔵とあるので実物を見ないことには、はじまらんだろうということで出かけてみた。


初めて行くところは予想以上に遠く感じる。
道は狭いし交通量は多いし、何度か道を間違えてやっとたどり着いた。

博物館内の写真撮影は届け出が必要で、しかも写真の公開(ブログなど)は許されていないらしい。
ということで、写真は撮れたが公開はできません。

写真なしで館内の様子を文字で伝えるほど、文才もないので、ここは「すみません」。
館内は時代やテーマごとに小部屋になっているので、初心者で楽しめて、見やすい。


手短に館内をぐるっと廻ったが、お目当ての土器はなかった。
あらまっ、目的未達で帰るしかないか。


通りかかった、関係者の方にどこかに展示されているのか聞いたところ、土器の担当の方を呼んできてくれた。
今は展示していませんという絶望的回答をいただき、諦めかけたとき、「ちょっと、収蔵庫を見てくる」とおっしゃってくれた。

「このような場合は、事前に連絡してくれないと、お見せするこはできません」
ということでしたが、例外的に見せていただけることになりました。


加曽利貝塚土器づくり同好会のメンバーの方から、
この縄文模様は縄文原体(じょうもんげんたい)の作り方に依存している。というか縄文土器を見て、それと同じ模様を得ようとしたら、それと同じ縄文を分析して同じように原体から作らないといけない。

もちろん、おいらにはそんな力量はない。
この縄文を施文するものを縄文原体(じょうもんげんたい)というらしいことをやっと覚えた。

この縄文原体を作る方法や材料の採取の方法など一通り教えていただいたが、難し過ぎてコツがつかめない。

いつの日かもうちょっとマシな土器を作りたいっていうきっかけになったかも。